雅の士をまつことの久しきかをわれは知らざるなり。

     三

 満島より東、浜崎に到るのあひだ、松浦川と玉島川との挟《さしはさ》める一帯の海岸なるかな、そもそも何によりてかただちに人を魅するの力ある、さながら夢幻の境のごときもの、これ虹の松原!
 ある人、虹[#「虹」に傍点]の松原の称は二里[#「二里」に傍点]の松原の訛れるなりといふ。ああ、まことに二里[#「二里」に白三角傍点]の松原[#「松原」に白三角傍点]か――あにその数量に於て寸分の差違なきを得んや。しかり、われは唯里程の概算をうるの益あるよりも、寧ろ恍惚として、わが一歩をだに忘れむとするの楽を択ぶなり。天人の羽衣もて劫の石を撫づる[#「天人の羽衣もて劫の石を撫づる」に傍点]てふ譬喩《ひゆ》のいかに巧に歳月の悠久なる概念を与ふるかを知らば、おなじく「虹の松原[#「虹の松原」に白丸傍点]」と唱《うた》ひてこそ、はじめて尽ざる趣は感情の底より湧き来り、未だその地の真景に接せざるも、はやくその概相の瞭然たるものあらむ。
 近き海上に高島ありといへども、玄海灘の潮は殆ど遮るものなく押寄せ来り、極まるところ、玉島川及び松浦川の水とあ
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