悲み」ならむかし。神功皇后の大稜威、はた豊太閤の事蹟おほくこの松浦の地にかかはる、山光、水色ために異彩を添へ、神助を人事と及び天然とあひ経緯する歴史の偉観はすなはち大なる叙事詩なり。しかれども人や遂にむなしくその事を伝へて今日に到れるあひだ、歳月は一様の律調《リズム》を刻むといふものから、なほ時と代とによりて、その声の高低なくばあらざりき。しかも現今、その精神のますます発揚せられむとするとともに、東洋の前途いよいよ危し。そもや、わが「やまと民族」の運命はいかなるべき、日夜憂へて止まずといへども、これなほ過去を憂ふるごときものならむか。ながめ[#「ながめ」に傍点]麗はしく、こころ[#「こころ」に傍点]ひろやかなる松浦の天地は恰《あたか》も望を未来に属し、闊達の気象を修養すべきわが国民の胸懐に似たるものあり。かくて、われ憂ふるところのものありとすれば、「朗かなる悲み」の語は、移してわが感慨を表すに余あるをおぼゆ。
 石炭の唐津は既に特別輸出港の栄誉を担ひたり。鉄道の工事まさに就《な》らんとす、交通の便大に開くべきなり。さもあらばあれ、詩歌の唐津は、白雲と湖のにほひとのうちに埋れて、いかに大
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