篇を、發刊後間もなき「國民之友」の餘り綺麗でもなかつた印刷面の紙上で讀んだことが、この上もなく懷かしまれる。その「國民之友」は數年間保存してあつた。文庫の底からをりをり掘りだしてきてはまた讀む。いつ讀んでも新たに讀むやうに感じられたのである。
「あひびき」の前には、新文學の歴史上有名な「浮雲」があつた。これは二葉亭氏の最初の創作であるが、我々年輩の者でこの「浮雲」を原版で讀んだものは恐らく僅少であつたらうと思はれる。從つてその感化影響の如きもさしづめ確には考へられない。そのうちに文壇も進歩して、「浮雲」には心理的描寫が深刻であるといふ評判が立ち、「太陽」の増刊號に再びその全篇が掲げられた。大抵の人はこの時「浮雲」を通讀し得たのであらう。わたくしもこの作を讀まうとして、しばしばその頁を繰つたが、何時も讀み了らずに今日に到つた。二葉亭氏に對して濟まぬやうだが、「浮雲」は實際讀みづらい作物である。遠慮なく云へば、その際涯のない重苦しい調子が特色であらう。光もなければ影もない。そして明治三十九年になつて、「その面影」が出た。この作も「浮雲」系統に屬するのであるが、こゝには、次の「平凡」と同じく
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