が、希臘では其後多少空想の希臘を回復したのに引きかへて、埃及では遂にポートセイドで受けた此の最初の印象がコビリついて、埃及は所詮私に取つて詩の國であり得なかつたことを悲しむ外はない。私は之につけても日本へ船が著く時、門司にせよ長崎にせよ、如何に美くしい山河が旅客を迎へて、其の憧憬の念を益々深からしむるものがあるかを想像し得るのである。而して船から陸へ上つた時、此の美くしい第一印象を破壞する人間を發見しないかと懼れる。浮世繪の板畫に、美くしい女ばかりを想像して、横濱へ上陸した或る西洋人が、會ふ女一人として畫の樣な姿をしてゐないのに落膽且つ憤慨して、直に歸國してしまつたと言ふ話を聞いたが、私はそれでも兎に角カイロ、テーベス、アスワン[#「アスワン」は底本では「アワワン」]とデルタから上埃及まで旅する丈けの辛抱と好奇心を失はなかつた。

          二

 私は當時埃及に滯在して居られるセイス先生に會ふ爲に、カイロへ直行せずして先づアレキサンドリヤ市へ行くことにした。夕暮ア市より一つ手前の驛に停車した時、何だか私の姓を呼ぶ樣な女聲が聞こえたが、アラビヤ語には「ハマダ」と言ふ風な名前が
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