《かん》の初《はじ》め頃《ごろ》支那《しな》の南方《なんぽう》蜀《しよく》といふ遠《とほ》い地方《ちほう》で、作《つく》つたものであることがわかるのであります。また漆器《しつき》の上《うへ》に美《うつく》しい繪《え》を描《か》いたものや、面白《おもしろ》い人物《じんぶつ》を描《か》いた鼈甲《べつこう》の小箱《こばこ》などがあり、支那《しな》の漢時代《かんじだい》には美術《びじゆつ》が進《すゝ》んでをつたことが、歴史《れきし》の本《ほん》に出《で》てをつても、まさか、これ程《ほど》まで發達《はつたつ》してをつたとは、今《いま》まで誰《たれ》も想像《そう/″\》が出來《でき》なかつたくらゐであります。なほ、ある墓《はか》からは漆器《しつき》でつくつた化粧箱《けしようばこ》が出《で》て、その箱《はこ》の中《なか》には紅《べに》と白粉《おしろい》を入《い》れた小《ちひ》さな蓋物《ふたもの》が入《い》れてありましたが、その頃《ころ》の人《ひと》も、かういふ道具《どうぐ》でお化粧《けしよう》をしたことがわかります。(第八十一圖《だいはちじゆういちず》)
[#「第八十一圖 朝鮮樂浪古墳發見品」のキャ
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