くさんではありませんが、日本《につぽん》の古墳《こふん》からもこれと同《おな》じ類《るい》の冠《かんむり》や帶飾《おびかざ》りが、やはり出《で》るのであり、ことに土器《どき》はまったく祝部土器《いはひべどき》と同《おな》じ燒《や》き方《かた》のもので、これらはみな朝鮮《ちようせん》から日本《につぽん》へ傳《つた》へられたものでありますが、勾玉《まがたま》は果《はた》してどちらからどちらへ傳《つた》はつたものかわかりません。
[#「第八十圖 古代新羅人服飾想像圖」のキャプション付きの図(fig18371_81.png)入る]
いま申《まを》した古墳《こふん》は皆《みな》圓塚《まるづか》でありまして、その中《なか》に漆《うるし》で塗《ぬ》つた棺《かん》を埋《うづ》め、その上《うへ》を大《おほ》きな石塊《いしころ》で包《つゝ》んだものであります。これを積《つ》み石《いし》塚《づか》といひます。新羅《しらぎ》の古《ふる》い墓《はか》は、かういふふうの造《つく》り方《かた》であつたのですが、その後《ご》石室《せきしつ》をつくることになり、ちょうど日本《につぽん》にあるのと同《おな》じような古墳
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