た校倉《あぜくら》といふものであつたと思《おも》はれます。
 その次《つ》ぎに彫刻《ちようこく》といふものはなんであるかといふに、これは埴輪《はにわ》の人形《にんぎよう》や動物《どうぶつ》の像《ぞう》または石人《せきじん》石馬《せきば》などがそれであります。もちろんあの埴輪《はにわ》は、お葬式《そうしき》の時《とき》に作《つく》つて墓場《はかば》に立《た》てたもので、非常《ひじよう》に骨《ほね》ををつて作《つく》つたものではありませんが、その粗末《そまつ》な下手《へた》な作《つく》り方《かた》のうちにも、この時代《じだい》の人《ひと》の無邪氣《むじやき》な素直《すなほ》な心持《こゝろも》ちがよく現《あらは》れてをります。かういふ埴輪《はにわ》の人形《にんぎよう》を作《つく》つてゐる時《とき》に、朝鮮《ちようせん》から佛教《ぶつきよう》が傳《つた》はり、お釋迦《しやか》さま、彌勒《みろく》さま、觀音《かんのん》さまのような佛樣《ほとけさま》の像《ぞう》が持《も》ちこまれたのですから、驚《おどろ》いたのはむりもないのです。これは立派《りつぱ》なお姿《すがた》だと感心《かんしん》して、佛教《
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