らない字《じ》の形《かたち》になつたり、模樣《もよう》もはつきりいたしません。それでこれをよく見《み》ますと日本製《につぽんせい》か支那製《しなせい》かの區別《くべつ》はわかるのであります。またそれらの鏡《かゞみ》をお墓《はか》に入《い》れるときには、はじめは袋《ふくろ》のようなものに納《をさ》めて入《い》れたに相違《そうい》なく、いま發見《はつけん》される鏡《かゞみ》の端《はし》に腐《くさ》つた布《ぬの》のはし[#「はし」に傍点]が着《つ》いてゐるのを見《み》ても、それを知《し》ることが出來《でき》ます。(第六十六圖《だいろくじゆうろくず》)
古墳《こふん》からは、漢《かん》から六朝頃《りくちようころ》までの鏡《かゞみ》と、それを摸造《もぞう》した日本製《につぽんせい》の鏡《かゞみ》とが出《で》るだけで、唐以後《とういご》の鏡《かゞみ》はほとんど發見《はつけん》されないといつてもよろしい。しかし鏡《かゞみ》は、もちろんその頃《ころ》でも用《もち》ひられてゐたので、たゞ墓《はか》へ餘《あま》り入《い》れなかつたものと思《おも》はれます。しかし日本《につぽん》では平安朝以後《へいあんち
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