究《けんきゆう》するには、ぜひこれらの御陵《ごりよう》を拜《をが》んで、それをよく調《しら》べなければならず、殊《こと》に古墳《こふん》の時代《じだい》を知《し》るには、御陵《ごりよう》が何《なに》よりの標準《ひようじゆん》となるのであります。私《わたし》なども少年《しようねん》のころ、御陵《ごりよう》を巡拜《じゆんぱい》するといふようなことから、つい/\考古學《こうこがく》に興味《きようみ》を覺《おぼ》えるようになつた次第《しだい》であります。
 さて日本《につぽん》の上古《じようこ》から奈良朝《ならちよう》ごろまでの御陵《ごりよう》が、どういふ形《かたち》の塚《つか》から出來《でき》てゐるかといふことをお話《はな》しいたしませう。かの神代《かみよ》の三神《さんしん》、瓊瓊杵尊《にゝぎのみこと》、彦火火出見尊《ひこほほでみのみこと》それから※[#「顱のへん+鳥」、第3水準1−94−73]※[#「滋のつくり+鳥」、第3水準1−94−66]草茅葺不合尊《うがやふきあへずのみこと》の御陵《ごりよう》は、今日《こんにち》九州《きゆうしゆう》の南《みなみ》の日向《ひうが》、大隅《おほすみ》、薩
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