かへても形《かたち》だけは昔《むかし》のまゝに、屋根《やね》は茅葺《かやぶ》き、柱《はしら》は掘立《ほつた》て、そして白木《しらき》のまゝで、高《たか》くちぎ[#「ちぎ」に傍点]とかつをぎ[#「かつをぎ」に傍点]が屋根《やね》の上《うへ》についてゐて、いかにも埴輪《はにわ》の家《いへ》の形《かたち》を思《おも》ひ出《だ》させるのは、なんと神々《かう/″\》しいことではありませんか。
[#「第七十六圖 日本朝鮮支那古瓦」のキャプション付きの図(fig18371_77.png)入る]
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     三、朝鮮《ちようせん》滿洲《まんしゆう》の古墳室《こふんしつ》

      (イ) 南朝鮮《みなみちようせん》の古墳《こふん》

 朝鮮《ちようせん》にも石器時代《せつきじだい》の遺物《いぶつ》が出《で》ることは、前《まへ》にお話《はなし》したのでありますが、その後《ご》今《いま》から二千年程前《にせんねんほどまへ》支那《しな》の周《しゆう》の末《すゑ》から漢《かん》の始《はじ》めにかけて、支那《しな》から金屬《きんぞく》の使用《しよう》が傳《つた》はつて來《き》て、青銅器《せいどうき》鐵器《てつき》の時代《じだい》となりましたのは、日本《につぽん》と大方《おほかた》同《おな》じ頃《ころ》であります。ところがちょうどこの石器《せつき》から金屬器《きんぞくき》にはひる頃《ころ》に、朝鮮《ちようせん》には大《おほ》きな石《いし》で造《つく》つた西洋《せいよう》の巨石記念物《きよせききねんぶつ》のどるめん[#「どるめん」に傍点]とよく似《に》た古墳《こふん》が、北《きた》から南《みなみ》の方《ほう》へかけて、造《つく》られました。それは日本《につぽん》にもちょっと見《み》られないすばらしい形《かたち》のもので、下部《かぶ》を長方形《ちようほうけい》の箱《はこ》のように造《つく》り、その大《おほ》きいものになると、上《うへ》に載《の》せてある一枚《いちまい》の天井石《てんじよういし》の長《なが》さが、三間以上《さんげんいじよう》にも及《およ》んでゐるものがあります。もっとも、かように大《おほ》きいものは、さうたくさんはありませんが、そのうちもっとも見事《みごと》なのは、北朝鮮《きたちようせん》の平安南道《へいあんなんどう》にあるものです。南朝鮮《みなみちようせん》の方
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