ことは、前《まへ》に申《まを》したとほりで、たゞ簡單《かんたん》な圓《えん》や三角《さんかく》の圖《ず》の他《ほか》には、刀劍《とうけん》の柄《つか》の飾《かざ》りにあつたような、直線《ちよくせん》と弧線《こせん》とを組《く》み合《あは》せた、不思議《ふしぎ》な模樣《もよう》が目《め》につくだけです。この模樣《もよう》はまづ日本《につぽん》にしか見《み》られないもので、古墳《こふん》の内部《ないぶ》やその他《た》の品物《しなもの》にもよくつけてあるのですが、餘《あま》り珍《めづら》しいので近頃《ちかごろ》西洋《せいよう》あたりで流行《りゆうこう》する模樣《もよう》かと思《おも》ふ人《ひと》があるくらゐです。(この本《ほん》の表紙畫《ひようしえ》を御覽《ごらん》なさい)この他《ほか》馬具《ばぐ》や何《なに》かに支那朝鮮《しなちようせん》から傳《つた》はり、あるひはそれをまねた品物《しなもの》に、支那朝鮮風《しなちようせんふう》の模樣《もよう》がついてゐるものもありますが、それはこの時代《じだい》には、まだほんの借《か》りものに過《す》ぎなかつたのでした。
 かういふふうに古墳《こふん》から出《で》る品物《しなもの》を見《み》て、われ/\はその時分《じぶん》の人々《ひと/″\》が、どういふ心持《こゝろも》ちでをつたか、どういふ趣味《しゆみ》を持《も》つてをつたかといふことがわかり、また支那《しな》あたりからはひつて來《き》た文化《ぶんか》のほかに、昔《むかし》から日本人《につぽんじん》が持《も》つてをつた固有《こゆう》の文化《ぶんか》や趣味《しゆみ》が、やはり殘《のこ》つてゐたことが知《し》られるのです。これは近頃《ちかごろ》西洋《せいよう》の文明《ぶんめい》がはひつて來《き》ても同《おな》じことで、いかに西洋風《せいようふう》を習《なら》つても、ある點《てん》には日本人《につぽんじん》には日本人《につぽんじん》らしい趣味《しゆみ》と特質《とくしつ》が、消《き》えないのであります。またそれがなくなつては、日本人《につぽんじん》でなくなるのですから大《たい》へんです。
 またこれらの古墳《こふん》から出《で》た品物《しなもの》を調《しら》べて知《し》られることは幾《いく》らもあります。例《たと》へば昔《むかし》の人《ひと》はどういふ生活《せいかつ》をし、どういふ風俗《ふう
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