《がいこくてき》な刀劍《とうけん》と同時《どうじ》に用《もち》ひられてゐたのであります。これはそれらの刀劍《とうけん》が同《おな》じ墓《はか》から、一《いつ》しょに發見《はつけん》されることでよくわかります。
 昔《むかし》の人《ひと》は、今日《こんにち》田舍《ゐなか》の樵《きこり》や農夫《のうふ》が山《やま》へ行《ゆ》く時《とき》に、鎌《かま》や斧《をの》を腰《こし》に着《つ》けてゐるように、きっと何《なに》か刃物《はもの》を持《も》つてゐたものと思《おも》ひます。また皆《みな》さんが學校《がつこう》へ行《ゆ》く時《とき》、鉛筆《えんぴつ》をけづつたりする場合《ばあひ》にないふ[#「ないふ」に傍点]が必要《ひつよう》であるように、昔《むかし》の人《ひと》も常《つね》に小刀《こがたな》を持《も》つてをりました。その小刀《こがたな》を刀子《とうす》と申《まを》しますが、それが墓場《はかば》からたくさん發見《はつけん》されます。この刀子《とうす》は男《をとこ》ばかりでなく、女《をんな》の人《ひと》もお守《まも》りに持《も》つてゐたと思《おも》はれますが、その鞘《さや》は木《き》でつくつたものゝほかに、毛《け》のついた皮《かは》を縫《ぬ》ひ合《あは》せてつくつたものが、一般《いつぱん》に行《おこな》はれてゐたようです。そしてお墓《はか》の中《なか》にほんとうの刀子《とうす》を納《をさ》めたばかりでなく、石《いし》でつくつた刀子《とうす》で、ちょっと見《み》るとなんの形《かたち》だかわからぬ形《かたち》をしたものをも、たくさん埋《うづ》めたのでありました。それがやはり古墳《こふん》から出《で》て來《く》るのであります。(第七十三圖《だいしちじゆうさんず》)
 さて刀劍《とうけん》が出《で》るくらゐでありますから、甲胄《かつちゆう》もまた墓《はか》の中《なか》からたくさん出《で》て來《く》るのです。これはたいてい鐵《てつ》で作《つく》つたものでありまして、後《のち》の時代《じだい》の鎧《よろひ》や劍道《けんどう》のお胴《どう》に似《に》たようなものであります。なにぶん薄《うす》い鐵《てつ》の板《いた》でつくり、これを革《かは》の紐《ひも》で結《むす》び合《あは》せたものでありますから、今《いま》ではぼろ/\に壞《こは》れて、完全《かんぜん》に遺《のこ》つてゐるものは稀《まれ》
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