たまるい》の中《なか》でも一番《いちばん》大切《たいせつ》なものは勾玉《まがたま》であります。勾玉《まがたま》が、八坂瓊《やさかに》の勾玉《まがたま》と申《まを》して、三種《さんしゆ》の神器《じんぎ》の一《ひと》つにも數《かぞ》へられてゐることは、皆《みな》さんもよく知《し》つてをられるでせうが、この玉《たま》の形《かたち》は頭《あたま》が圓《まる》くて尻尾《しりを》が曲《まが》り、ちょっと英語《えいご》の『,《こんま》』のような形《かたち》をしてゐます。大《おほ》きなものになりますと、長《なが》さが三寸《さんずん》にも達《たつ》するものもありますが、普通《ふつう》は一寸《いつすん》から一寸五分前後《いつすんごぶぜんご》のものであります。そしてその石《いし》は、ごく古《ふる》い時分《じぶん》には、日本《につぽん》に産出《さんしゆつ》しない支那傳來《しなでんらい》の硬玉《こうぎよく》(翡翠《ひすい》、青瑯※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《せいろうかん》)といふ半透明《はんとうめい》の美《うつく》しい緑色《みどりいろ》の石《いし》で作《つく》られてあつて、なか/\綺麗《きれい》なものでしたが、やゝ後《のち》の時代《じだい》になると、出雲《いづも》の國《くに》あたりから出《で》る碧玉《へきぎよく》といふ青黒《あをぐろ》い石《いし》が用《もち》ひられ、さらに後《のち》になると、赤《あか》い瑪瑙《めのう》が普通《ふつう》に使《つか》はれるようになりました。またこの一番後《いちばんのち》の時代《じだい》、奈良朝《ならちよう》ごろになると、勾玉《まがたま》の形《かたち》がコといふ字《じ》の形《かたち》のように、角《かく》ばつて美《うつく》しくありませんが、古《ふる》い時代《じだい》の勾玉《まがたま》はなか/\優美《ゆうび》な形《かたち》をして、その頭《あたま》の孔《あな》のところに、三《みつ》つ四《よつ》つの切《き》り目《め》がつけてあるのが普通《ふつう》です。この切《き》り目《め》を丁字頭《ちようじがしら》と申《まを》します。ですから皆《みな》さんは勾玉《まがたま》を見《み》ても、どういふのが古《ふる》いか、またどういふのが新《あたら》しいかを、それで知《し》ることが出來《でき》るのであります。また近頃《ちかごろ》作《つく》つた新《あたら》しい勾玉《まがたま》の模造品
前へ
次へ
全145ページ中111ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜田 青陵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング