つよう》に使《つか》つたものでなく、何《なに》か儀式《ぎしき》にでも用《もち》ひたものと見《み》え、刃《やいば》のところも鋭《するど》くはなく、實際《じつさい》に使用《しよう》するものとしてはあまり大《おほ》きすぎるのです。(第四十七圖《だいしじゆうしちず》)これらの物《もの》が、日本《につぽん》で造《つく》られたといふ證據《しようこ》には、それを造《つく》る時《とき》に用《もち》ひた石《いし》の型《かた》が發見《はつけん》されるのでわかるのであります。この劍《つるぎ》や鉾《ほこ》の類《るい》は九州《きゆうしゆう》が最《もつと》も多《おほ》く發見《はつけん》されます。その他《た》では中國《ちゆうごく》や四國《しこく》などで出《で》るばかりで、東《ひがし》の方《ほう》東北地方《とうほくちほう》には今日《こんにち》までまだ一《ひと》つも發見《はつけん》されてをりません。とにかく支那《しな》のものと深《ふか》い關係《かんけい》のあることはたしかです。また石《いし》でもつてこの銅劍《どうけん》などの形《かたち》を作《つく》つたものが時々《とき/″\》發見《はつけん》せられますが、やはりこの時代《じだい》のものと思《おも》はれます。(第四十九圖《だいしじゆうくず》)
[#「第四十七圖 日本青銅器」のキャプション付きの図(fig18371_49.png)入る]
 次《つ》ぎに、大體《だいたい》この頃《ころ》のものと思《おも》はれる銅器《どうき》に、銅鐸《どうたく》といふものがあります。これは少《すこ》し平《ひら》たい釣《つ》り鐘《がね》のような形《かたち》をしたもので、小《ちひ》さいものは四五寸《しごすん》、大《おほ》きいものになると四五尺《しごしやく》もあり、すてきに大《おほ》きなものであります。その表面《ひようめん》には袈裟襷《けさだすき》といつて、坊《ぼう》さんの袈裟《けさ》のように格子型《かうしがた》に區畫《くかく》した模樣《もよう》をつけたものや、また流水紋《りゆうすいもん》といつて長《なが》い渦卷《うづま》きの模樣《もよう》をつけたものもあり、時《とき》には人間《にんげん》や動物《どうぶつ》の形《かたち》を簡單《かんたん》に現《あらは》したものがついてをります。この銅鐸《どうたく》は今《いま》まで古墳《こふん》から出《で》たことはなく、岩《いわ》の間《あひだ》や、山
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