は、良《よ》い目録《もくろく》や良《よ》い研究書物《けんきゆうしよもつ》が出版《しゆつぱん》されてゐるばかりでなく、館内《かんない》の設備《せつび》も完全《かんぜん》に出來《でき》てゐて、愉快《ゆかい》に見物《けんぶつ》されるようになつてゐます。たいていの部屋《へや》には氣持《きも》ちのよい長椅子《ながいす》が置《お》いてあつて、見物人《けんぶつにん》はゆっくりと腰《こし》を下《おろ》して美《うつく》しい繪《え》を見《み》たり、彫刻《ちようこく》をたのしんで眺《なが》めたりすることが出來《でき》、また暖房《だんぼう》のあるために冬《ふゆ》の日《ひ》も館内《かんない》は春《はる》のように暖《あたゝか》く過《すご》すことが出來《でき》ます。そしてたいていの博物館《はくぶつかん》の地下室《ちかしつ》には便利《べんり》な食堂《しよくどう》、かふぇー[#「かふぇー」に傍点]などが設《まう》けられ、食事《しよくじ》もできるし、お茶《ちや》も飮《の》めるしといふようになつてゐますから、戸外運動《こがいうんどう》をしない人々《ひと/″\》は、日曜日《にちようび》には教會《きようかい》から博物館《はくぶつかん》へ來《き》て一日《いちにち》を愉快《ゆかい》に暮《くら》すのであります。日本《につぽん》においても將來《しようらい》設《まう》けられる博物館《はくぶつかん》は、かうした設備《せつび》を整《とゝの》へる必要《ひつよう》があると思《おも》ひます。さうでないと樂《たの》しんで博物館《はくぶつかん》に行《ゆ》く人《ひと》もなく、博物館《はくぶつかん》は學校《がつこう》の教室《きようしつ》よりも、一《いつ》そう無趣味《むしゆみ》のところになつてしまひませう。
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     二、世界各國《せかいかつこく》の大博物館《だいはくぶつかん》

      (イ) イギリスの大博物館《だいはくぶつかん》[#「大博物館」は目次では「博物館」]

 わが國《くに》では、學校《がつこう》は大都會《だいとかい》はもとより田舍《ゐなか》の町《まち》や村《むら》にも立派《りつぱ》なのがたくさんにあつて、日本《につぽん》ほど學校《がつこう》のよく整《とゝの》つた國《くに》は世界中《せかいじゆう》にも少《すくな》いといはれてをりますが、これに反《はん》して學校《がつこう》の名《な》はなくても、學校《
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