ん》の人々《ひと/″\》がどんな宗教上《しゆうきようじよう》の考《かんが》へをもつてゐたかといふこともわかり、またその體《からだ》につけてゐた種々《しゆ/″\》の裝飾《そうしよく》で、當時《とうじ》の風俗《ふうぞく》を知《し》るばかりでなく、その骨《ほね》を調《しら》べて、どんな人種《じんしゆ》に屬《ぞく》してゐたかといふことが考《かんが》へられるのでありまして、それが今《いま》お話《はなし》した石器時代《せつきじだい》の人種《じんしゆ》がなんであるかといふことの第一《だいゝち》の材料《ざいりよう》となるのでありますから、この墓地《ぼち》の研究《けんきゆう》は、貝塚《かひづか》などよりも一《いつ》そう大切《たいせつ》なものになつて來《く》るのであります。

      (ハ) 石器《せつき》と骨角器《こつかくき》

 日本《につぽん》の貝塚《かひづか》やその他《た》の石器時代《せつきじだい》の遺蹟《いせき》から發見《はつけん》される石器《せつき》は非常《ひじよう》な數《すう》であつて、よくもこんなにたくさん石器《せつき》があるものかと驚《おどろ》くくらゐあります。なぜそんなに多《おほ》くの石器《せつき》が遺《のこ》つてゐるかといふに、その後《ご》の時代《じだい》に使用《しよう》された金屬《きんぞく》の器物《きぶつ》になりますと、土《つち》の中《なか》で腐《くさ》つてしまつてなくなつたり、あるひは腐《くさ》つてゐないものは拾《ひろ》つて他《ほか》の器物《きぶつ》に造《つく》り直《なほ》したりするといふことがある上《うへ》に、昔《むかし》の人《ひと》がはじめから石器《せつき》のように惜《を》し氣《げ》もなく捨《す》てることをしなかつたのです。しかるに石器《せつき》は土《つち》の中《なか》にあつても腐《くさ》ることはなく、また他《ほか》の器物《きぶつ》に改造《かいぞう》することもほとんど出來《でき》ないのでありますから、昔《むかし》から石器《せつき》には餘《あま》り注意《ちゆうい》する者《もの》がなかつたのであります。また石器時代《せつきじだい》の人《ひと》も一度《いちど》石器《せつき》が破損《はそん》した場合《ばあひ》には、たいてい捨《す》てゝしまひ、これを改造《かいぞう》するようなことはなかつた。これが今日《こんにち》多《おほ》くの石器《せつき》が發見《はつけん》され
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