く、アジアにもありました。支那《しな》では周《しゆう》から漢《かん》の時代頃《じだいごろ》までは、青銅《せいどう》が重《おも》に使用《しよう》されたのでありますが、その青銅《せいどう》は支那人自分《しなじんじぶん》で發明《はつめい》したものか、また西方《せいほう》の國《くに》から傳《つた》はつたのであるかどうかは、まだ十分《じゆうぶん》に研究《けんきゆう》されてをりません。
ところが、人間《にんげん》が青銅《せいどう》を使《つか》つてゐる間《あひだ》に、鐵《てつ》の方《ほう》が銅《どう》よりも堅《かた》くて刃物《はもの》などにはつごうの好《よ》いことを知《し》つて來《き》たので、遂《つひ》に青銅《せいどう》に代《かは》つて鐵《てつ》が用《もち》ひられるようになりました。これから後《のち》を鐵器時代《てつきじだい》といふのでありますが、ヨーロッパでは鐵器時代《てつきじだい》の最《もつと》も古《ふる》い時代《じだい》をハルスタット時代《じだい》と稱《しよう》します。それはオウストリヤのハルスタットといふ所《ところ》の古墳《こふん》から掘《ほ》り出《だ》された鐵器《てつき》が、よくその特徴《とくちよう》を現《あらは》してゐたので、さういふ名《な》をつけたのであります。それから少《すこ》し後《のち》のヨーロッパの鐵器時代《てつきじだい》を、私共《わたしども》はラテーヌ時代《じだい》と呼《よ》んでゐますが、これはスヰスのある土地《とち》の名《な》でありまして、そこから掘《ほ》り出《だ》されたものが代表的《だいひようてき》のものとせられてゐるからであります。かのギリシアの文明《ぶんめい》も、鐵器時代《てつきじだい》のものでありまして、今《いま》から三千年程前《さんぜんねんほどまへ》に鐵《てつ》がギリシアにはひつて來《き》て、前《まへ》の青銅器時代《せいどうきじだい》の文明《ぶんめい》に代《かは》つて新《あたら》しく立派《りつぱ》な文明《ぶんめい》をつくり出《だ》したのであります。しかし鐵《てつ》が初《はじ》めて用《もち》ひられた頃《ころ》は、銅《どう》ばかり使《つか》つてゐた前《まへ》の時代《じだい》よりは必《かなら》ずしも文明《ぶんめい》が進《すゝ》んでゐたといふことは出來《でき》ません。前《まへ》に申《まを》しましたとほり、かの立派《りつぱ》なエヂプトの文明《ぶんめい》も
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