し、其の石質の白味のある硬玉であることから、形状製作に至るまで、いづれも朝鮮新羅の勾玉に酷似してゐると見るは、琉球勾玉の本質、延いては勾玉全體の考察に重大なる寄與をなす事實であると思はれた。何分にも時間がなく、前から頼んで置いた恩納村の人々は、定めし踊りを見せようと待つてゐられることゝ氣がせかれるので、詳しい調査は、一度島田君にでも來てもらつてすることにして、二時頃名護に引きかへす。
[#「第一七圖 國頭郡今歸仁村今泊阿應理惠按司勾玉」のキャプション付きの図(fig4990_07.png)入る]

          一九 恩納の臼太鼓踊

 恩納《おんな》村の谷茶《たんちや》では、先年那覇へ其の古い郷土の踊を出したことがあるので、あれを名護から歸りに見ては何うかとの島袋君の話に、それは何よりも有難い仕合と御願ひをした處、谷茶の村人は私の爲めに村の婦人多勢を繰出し、二日前から練習をしてゐるとの事を往路に聞かされてから、これは大變な迷惑をかけることになつたと後悔しても致し方がない。折角の事故せめて少しでも長い時間拜見しようと、今歸仁から車を飛ばせて、名護に小休みの暇もなく、谷茶の村に著い
前へ 次へ
全43ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜田 青陵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング