である。今泊の村から丘陵を登つて、昔家屋敷のあつたアタイ原と言ふ處を通ると、兩側には蘇鐵などの庭木が昔ながらの庭園の跡を偲ばせる。山の上本丸の址には今歸仁城の碑があり、小さな神殿もあるが、一體に石垣がよく殘つて居り、物見櫓の跡もある。規模の大なることも遙に中城などを凌いでゐる。殊に東は懸崖數十丈、その下に淙々たる溪川が流れ、此の伊平屋島[#「伊平屋島」は底本では「伊乎屋島」]を指呼の間に眺める景色は譬へ難い美しさである。山上に愛創石[#「愛創石」は「受劍石」の誤りか]と言ふのがあつて、此の北山陷落の際、勇將攀安知が力盡き自盡せんとする前、日頃禮拜して居た靈石の驗なきを憤慨して、刀を以て兩斷したものであると言ふ凄じい石である。而して其の刀は今なほ尚侯爵家に傳はつてゐると聞いた。
山を下つた所に、丁度島袋君の岳父の家があるので、一同其處に御厄介になつて中食を使ひ、又々島袋君の手廻しで、今歸仁のノロクモイの傳へてゐる勾玉(一ヶ)と、今泊の阿應理惠按司の勾玉(廿一箇)や、玉草履を持參してもらつて見ることを得たのは何よりの幸であつた。殊に後者には呉形勾玉二箇、出雲石のもの一箇、大抵はT字頭を有
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