手法は簡單であるが、其の中央部と左右翼の取り合せの自然なる、其の相互の廣袤幅員の權衡を得たる、その全部の輪廓の簡明にして要を得たる、その線の少くして一の無駄のなき、數へ來れば限りなき美點が現はれる。一見素朴なるが如くにして、凝視すれば益々豐富である。一瞥粗野なるが如くにして觀察すれは高雅である。極めて無造作なるに似て、實は苦心慘憺の作である。甚だ淺薄なるに似て實に重厚深刻の作である」云々。
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と百パーセントの讃辭を呈して、其の獨創清新の意匠を賞嘆せられてゐるのには、私も全く先生の見識に敬服してしまつたことである。なほ寺内の下馬碑に「あんし《按司》も|けす《下司》も|くま《此處》から|うま《馬》からおれるべし」と琉文を表に記し、裏に「但官員人寺至此下馬」と漢文に刻してあると、伊東博士が記されてゐるが、それは遂に見落した。(同博士「木片集」)
[#「第一二圖 崇元寺右門」のキャプション付きの図(fig4990_02.png)入る]
 さて那覇へ歸つて遲い中食を認め休息の暇もなく、女學校で開かれる南島談話會に臨み、それから辻の某旗亭で催された歡迎會に赴いたが、私達が此
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