とした。併し大親は中々之を承知しないので、王はそれでは其の望む所のものを何でも與へようと云ふと、それでは此の城嶽から見渡されるだけの土地を賜はれと答へて、それを頂戴したと傳説にあるのは、如何にも此の眺望の好い地形に應はしい話である。
 芝生に被はれた珊瑚礁の上には薄い土壤があつて、細い貝殼が處々に見えるばかりで、土器の破片などは殆んど見付からない。況んや樺山君とやらが、數年前掘り出した明刀錢の如き學界を聳動した珍物や、某君の拾はれたと云ふ石鏃の如きは、蝙蝠傘の先きでツツいた位では飛び出しさうもなかつたが、私には此の丘の上にある龜甲形の、琉球式の墓を見ただけでも面白い獲物であつた。
 この城嶽のあたりにはハブが澤山居ると云ふが、此の冬の季節では姿を見せないとのことに、大に安心したものゝ、それでは琉球へ來て琉球名物のハブにお目にかゝらずしてしまふのは殘念であると云ふと、それでは血清を採る爲め縣廳に飼つてある奴を御覽になつてはとの事に、早速行つて見ると、大分弱つては居るが、棒でさはると鎌首を立てゝ攻撃の姿勢に出る處は如何にも物凄く、この蛇だけは夢に出られても御免を蒙り度い。

          四 那覇の波上宮と護國寺

 那覇の市中には市役所の高塔が、最初の且つ唯一(?)の鐵筋混凝土のモダン建築として立つてゐる外には、商家(媼家は例外)の殆ど全部は皆赤味がゝつた重い本瓦葺の屋根を頂いた平屋である點に於いて、聊か朝鮮の都邑を思はせるものがある。併し市中の小川に石造の太鼓橋(泉橋)が架つてゐる處は、多少支那的の氣分を現はしてゐる。そして此の橋際に大きな日傘を立てゝ、其の下に老婆が物を賣つてゐる處は、如何にも繪になりさうな景色である。聖廟なるものも丁度この橋の邊にあつて、深緑の木立の間に赤塗りの建物を隱見せしめてゐるが、土塀の中へ這入つて廟内を拜見すると、規模は小さいが全く支那の孔子廟の縮圖に外ならない。之に隣つた明倫堂には昔ながらの番人の久米の人々が長閑に烏鷺を戰はしてござる。
 波上《なんみん》宮へお參りをすると、これは明の詩人が筍崖と呼んだ港の外に突出した珊瑚礁の塊の上に立つてゐる沖繩縣内唯一の官幣社である。夏の夕べ凉風を納れるには、如何にも具合の佳ささうな形勝の地であるが、四百年前の創建に關らむ社殿は極く新しく何の見所もない。併し社務所へ案内せられて、宮司さんから泡
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