X路からも目に立つて、これこそシュリーマン邸よと直ちに知られる位である。應接室に導かれて暫く待つて居ると、やがて衣褶れの音がして夫人の姿が現れた。あゝこれこそ豫てよりシュツクハルトの書物の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]畫で、トロイ發掘の黄金寶飾を身に附けて寫された寫眞の主ソフイヤ夫人ではないか。今は六十の坂をも越えられたれば、容顏は過ぎし日の美しさを殘しながらも、已に老境に入られてゐるのは致し方もない。鼠色の衣に稍々肥え太つた體をつゝみ、頭髮亦白きを交へてゐる。
夫人は我々を奧まつた室へ導き長椅子に請じ、セイス先生のことから「さて何より話し始むべき、アゼンスは氣に入り給ひしか」と問はれ、やがて談はホメロスの詩のことなどに移つたが、暫くして其場に入つて來られた美しい長女アンドロマツヘ夫人を我等に紹介せられると、實にもソフイヤ夫人の若い頃を偲ばしめる姿貌である。
夫人は「古物の類は皆な博物館に寄附して、今は家に殘れるものもなし、されど御見せ申す可きものこそあれ」とて、我等を大きな舞踏室に導かれると、床は悉く大理石の嵌石細工《モザイク》で、トロイ
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