ず 水だわ! ああうれしいうれしいわ
「五十銭! これが五十銭よ!
「のけて 足のとこの 死んだの のけて
 声はたかくほそくとめどもなく、すでに頭を犯されたものもあって半ばはもう動かぬ屍体だがとりのける人手もない。ときおり娘をさがす親が厳重な防空服装で入って来て、似た顔だちやもんぺの縞目《しまめ》をおろおろとのぞいて廻る。それを知ると少女たちの声はひとしきり必死に水と助けを求める。
「おじさんミズ! ミズをくんできて!」
 髪のない、片目がひきつり全身むくみかけてきたむすめが柱のかげから半身を起し、へしゃげた水筒をさしあげふってみせ、いつまでもあきらめずにくり返していたが、やけどに水はいけないときかされているおとなは決してそれにとりあわなかったので、多くの少女は叫びつかれうらめしげに声をおとし、その子もやがて柱のかげに崩折《くずお》れる。
 灯のない倉庫は遠く燃えつづけるまちの響きを地につたわせ、衰えては高まる狂声をこめて夜の闇にのまれてゆく。

 二日め
 あさ、静かな、嘘のようなしずかな日。床の群はなかばに減ってきのうの叫び声はない。のこった者たちの体はいちように青銅いろに膨れ、
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