ら
焔の迫ったおも屋の下から
両手を出してもがく妹を捨て
焦げた衣服のきれはしで恥部をおおうこともなく
赤むけの両腕をむねにたらし
火をふくんだ裸足でよろよろと
照り返す瓦礫《がれき》の沙漠を
なぐさめられることのない旅にさまよい出た
ほんとうのあなたが
その異形《いぎょう》の腕をたかくさしのべ
おなじ多くの腕とともに
また墜ちかかろうとする
呪いの太陽を支えるのは
いまからでもおそくはない
戦争を厭《いと》いながらたたずむ
すべての優しい人々の涙腺《るいせん》を
死の烙印《らくいん》をせおうあなたの背中で塞《ふさ》ぎ
おずおずとたれたその手を
あなたの赤むけの両掌《りょうて》で
しっかりと握りあわせるのは
さあ
いまでもおそくはない
[#改ページ]
その日はいつか
1
熱い瓦礫と、崩れたビルに
埋められた道が三方から集り
銅線のもつれる黒焦の電車をころがして交叉する
広島の中心、ここ紙屋町広場の一隅に
かたづけ残されころがった 君よ、
音といっては一かけらの瓦にまでひび入るような暑さの気配
動くものといっては眼のくらむ八月空に
かすれてあがる煙
あとは脳裏を灼い
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