びえつつ忘れようとしている灯
ぶちまけられた泡沫の灯
慄《ふる》える灯 瀕死の灯
一刻ずつ一刻ずつ
血漿《けっしょう》を曳き這いずり
いまもあの日から遠ざかりながら
何処ともなくいざり寄るひろしまの灯
歴史の闇に
しずかに低く
ひろしまの灯は溢れ
[#改ページ]
巷にて
おお そのもの
遠ざかる駅の巡査を
車窓に罵りあうブローカー女たちの怒り
くらがりにかたまって
ことさらに嬌声《きょうせい》をあげるしろい女らの笑い
傷口をおさえもせず血をしたたらせ
よろめいていった酔っぱらいのかなしみ
それらの奥に
それらのおくに
ひとつき刺したら
どっと噴き出そうなそのもの!
[#改ページ]
ある婦人へ
裂けた腹をそらざまに
虚空《こくう》を踏む挽馬《ばんば》の幻影が
水飼い場の石畳をうろつく
輜重隊《しちょうたい》あとのバラック街
溝露路の奥にあなたはかくれ住み
あの夏以来一年ばかり
雨の日の傘にかくれる
病院通い
透明なB29[#「29」は縦中横]の影が
いきなり顔に墜《お》ちかかった
閃光の傷痕は
瞼から鼻へ塊りついて
あなたは
死ぬまで人にあわぬという
崩れる家に
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