以来 敵も味方も 空襲も火も
かかわりを失い
あれほど欲した 砂糖も米も
もう用がなく
人々の ひしめく群の 戦争の囲みの中から爆《は》じけ出された あなた
終戦のしらせを
のこされた唯一の薬のように かけつけて囁《ささや》いた
わたしにむかい
あなたは 確かに 微笑した
呻《うめ》くこともやめた 蛆《うじ》まみれの体の
睫毛《まつげ》もない 瞼のすきに
人間のわたしを 遠く置き
いとしむように湛《たた》えた
ほほえみの かげ

むせぶようにたちこめた膿《うみ》のにおいのなかで
憎むこと 怒ることをも奪われはてた あなたの
にんげんにおくった 最後の微笑

そのしずかな微笑は
わたしの内部に切なく装填《そうてん》され
三年 五年 圧力を増し
再びおし返してきた戦争への力と
抵抗を失ってゆく人々にむかい
いま 爆発しそうだ

あなたのくれた
その微笑をまで憎悪しそうな 烈しさで
おお いま
爆発しそうだ!
[#改ページ]

  一九五〇年の八月六日

走りよってくる
走りよってくる
あちらからも こちらからも
腰の拳銃を押えた
警官が 馳けよってくる

一九五〇年の八月六日
平和式典が禁
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