此の影も
記憶の傷に這いずって
消えぬものであろうに

憐れに善良で
てんと無関心な市民のゆききのかたわらで
陽にさらされ雨に打たれ砂埃にうもれて
年ごとにうすれゆくその影
入口の裾に「遺跡」を置く銀行は
ざらざらと焼けた石屑ガラス屑を往来に吐き出し
大仕掛な復旧工事を完成して
巨大な全身を西日に輝かせ
すじ向いの広場では
人を集める山伏姿の香具師《やし》

「ガラスの蔽いでもしなければ消えてしまうが」と
当局はうそぶいて
きょうも
ぶらぶらやって来たあちらの水兵たちが
白靴を鳴らして立止り
てんでにシャッターを切ってゆくと
あとから近寄ってきたクツミガキの子が
(なァんだ!)という顔で
柵の中をのぞいてゆく
[#改ページ]

  友

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
黒眼鏡をとると瞼がめくれこんで癒着した傷痕《きずあと》のあいだから
にじみ出る涙があった
あの収容所で、凝《こ》りついた血をしめらせ
顔いっぱいに巻いた白布を一枚|宛《ずつ》ほどき最後のガーゼをめくると
ひとつの臓腑であった両眼が、そのままのかたちで癒《い》えてうすいしずくをしみ出し
失った妻子のことをいう
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