の瞳のうしろで
いきなり
あか黒い雲が立ちのぼり
天頂でまくれひろがる
あの音のない光りの異変
無限につづく幼い問のまえに
たれがあの日を語ってくれよう

ちいさい子かわいい子
おまえはいったいどこにいったか
近所に預けて作業に出かけた
おまえのこと
その執念だけにひかされ
焔の街をつっ走って来た両足うらの腐肉《ふにく》に
湧きはじめた蛆《うじ》を
きみ悪がる気力もないまま
仮収容所のくら闇で
だまって死んだ母さん
そのお腹《なか》におまえをおいたまま
南の島で砲弾に八つ裂かれた父さんが
別れの涙をぬりこめたやさしいからだが
火傷と膿と斑点にふくれあがり
おなじような多くの屍とかさなって悶《もだ》え
非常袋のそれだけは汚れも焼けもせぬ
おまえのための新しい絵本を
枕もとにおいたまま
動かなくなった
あの夜のことを
たれがおまえに話してくれよう

ちいさい子かわいい子
おまえはいったいどうしているのか
裸の太陽の雲のむこうでふるえ
燃える埃の、つんぼになった一本道を
降り注ぐ火弾、ひかり飛ぶ硝子のきららに
追われ走るおもいのなかで
心の肌をひきつらせ
口ごもりながら
母さんがおまえを叫び
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