発した時間のあと
灼熱《しゃくねつ》の憎悪だけが
ばくばくと拡がって。
空間に堆積《たいせき》する
無韻《むいん》の沈黙
太陽をおしのけた
ウラニューム熱線は
処女の背肉に
羅衣《うすぎぬ》の花模様を焼きつけ
司祭の黒衣を
瞬間 燃えあがらせ
1945, Aug. 6
まひるの中の真夜
人間が神に加えた
たしかな火刑。
この一夜
ひろしまの火光は
人類の寝床に映り
歴史はやがて
すべての神に似るものを
待ち伏せる。
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盲目
河岸におしつぶされた
産院の堆積《たいせき》の底から
妻に付き添っていた男ら
手脚をひきずり
石崖の伝馬《てんま》にあつまる
胸から顔を硝子片に襲われたくら闇のなか
干潟《ひがた》の伝馬は火の粉にぬりこめられ
熱に追われた盲《めし》い
河原に降りてよろめき
よろめく脚を
泥土に奪われ
仆《たお》れた群に
寂漠《せきばく》とひろしまは燃え
燃えくずれ
はや くれ方のみち汐《しお》
河原に汐はよせ
汐は満ち
手が浸り脚が浸り
むすうの傷穴から海水がしみ入りつつ
動かぬものら
顫《ふる》える意識の暗黒で
喪《うしな》われたものをまさぐる神経が
閃光の爆幕に突きあたり
もう一度
燃尽《しょうじん》する
巨大な崩壊を潜《くぐ》りこえた本能が
手脚の浮動にちぎれ
河中に転落する黒焦《くろこげ》の梁木《はりぎ》に
ゆらめく生の残像
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(嬰児《えいじ》と共の 妻のほほえみ
透明な産室の 窓ぎわの朝餉《あさげ》)
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そして
硝子にえぐられた双眼が
血膿《ちうみ》と泥と
雲煙の裂け間
山上の
暮映《ぼえい》を溜《た》め
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仮繃帯所にて
あなたたち
泣いても涙のでどころのない
わめいても言葉になる唇のない
もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
あなたたち
血とあぶら汗と淋巴液《リンパえき》とにまみれた四肢《しし》をばたつかせ
糸のように塞《ふさ》いだ眼をしろく光らせ
あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
恥しいところさえはじることをできなくさせられたあなたたちが
ああみんなさきほどまでは愛らしい
女学生だったことを
たれがほんとうと思えよう
焼け爛《ただ》れたヒロシマの
うす暗くゆらめく焔のなかから
あなたでなくなったあなたたちが
つぎつぎととび出
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