し這い出し
この草地にたどりついて
ちりちりのラカン頭を苦悶《くもん》の埃《ほこり》に埋める
何故こんな目に遭《あ》わねばならぬのか
なぜこんなめにあわねばならぬのか
何の為に
なんのために
そしてあなたたちは
すでに自分がどんなすがたで
にんげんから遠いものにされはてて
しまっているかを知らない
ただ思っている
あなたたちはおもっている
今朝がたまでの父を母を弟を妹を
(いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
そして眠り起きごはんをたべた家のことを
(一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)
おもっているおもっている
つぎつぎと動かなくなる同類のあいだにはさまって
おもっている
かつて娘だった
にんげんのむすめだった日を
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眼
みしらぬ貌《かお》がこっちを視《み》ている
いつの世の
いつの時かわからぬ暗い倉庫のなか
歪《ゆが》んだ格子窓から、夜でもない昼でもないひかりが落ち
るいるいと重ったかつて顔だった貌。あたまの前側だった貌。
にんげんの頂部《ちょうぶ》にあって生活のよろこびやかなしみを
ゆらめく水のように映していたかお。
ああ、今は眼だけで炎えるじゅくじゅくと腐った肉塊
もげ落ちたにんげんの印形《いんぎょう》
コンクリートの床にガックリ転がったまま
なにかの力で圧しつけられてこゆるぎもしないその
蒼《あお》ぶくれてぶよつく重いまるみの物体は
亀裂《きれつ》した肉のあいだからしろい光りだけを移動させ
おれのゆく一歩一歩をみつめている。
俺の背中を肩を腕をべったりとひっついて離れぬ眼。
なぜそんなに視《み》るのだ
あとからあとから追っかけまわりからかこんで、ほそくしろい視線を射かける
眼、め、メ、
あんなにとおい正面から、あの暗い陰から、この足もとからも
あ、あ、あ
ともかく額が皮膚をつけ鼻がまっすぐ隆起し
服を着けて立った俺という人間があるいてゆくのを
じいっと、さしつらぬいてはなれぬ眼。
熱気のつたわる床《ゆか》から
息づまる壁から、がらんどうの天井《てんじょう》を支える頑丈な柱の角から
現れ、あらわれ、消えることのない眼。
ああ、けさはまだ俺の妹だった人間のひとりをさがして
この闇に踏みこんだおれの背中から胸へ、腋《わき》から肩へ
べたべた貼りついて永劫《えいごう》きえぬ
眼!
コンクリートの上の、筵《むしろ》の藁《
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