とおく渇《か》れつくして
そのまま心の中を歩いてゆく
苦痛の痕跡《こんせき》であった
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  河のある風景

すでに落日は都市に冷い
都市は入江の奥に 橋を爪立たせてひそまる
夕昏《ゆうぐ》れる住居の稀薄《きはく》のなかに
時を喪《うしな》った秋天《しゅうてん》のかけらを崩して
河流は 背中をそそけだてる

失われた山脈は みなかみに雪をかずいて眠る
雪の刃は遠くから生活の眉間《みけん》に光をあてる
妻よ 今宵もまた冬物のしたくを嘆くか
枯れた菊は 花瓶のプロムナードにまつわり
生れる子供を夢みたおれたちの祭もすぎた

眼を閉じて腕をひらけば 河岸の風の中に
白骨を地ならした此の都市の上に
おれたちも
生きた 墓標

燃えあがる焔は波の面に
くだけ落ちるひびきは解放御料の山襞《やまひだ》に
そして
落日はすでに動かず
河流は そうそうと風に波立つ
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  朝

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ゆめみる、
閃光の擦痕《さっこん》に汗をためてツルハシの手をやすめる労働者はゆめみる
皮膚のずりおちた腋臭《わきが》をふと揮発させてミシンの上にうつぶせる妻はゆめみる
蟹《かに》の脚のようなひきつりを両腕にかくして切符を切る娘もゆめみる
ガラスの破片を頚《くび》に埋めたままの燐寸《マッチ》売りの子もゆめみる、

癧青《れきせい》ウラン、カルノ鉱からぬき出された白光の原素が
無限に裂けてゆくちからのなかで
飢えた沙漠がなみうつ沃野《よくや》にかえられ
くだかれた山裾を輝く運河が通い
人工の太陽のもと 極北の不毛の地にも
きららかな黄金の都市がつくられるのをゆめみる、
働くものの憩いの葉かげに祝祭の旗がゆれ
ひろしまの伝説がやさしい唇に語られるのをゆめみる、

噴火する地脈 震動する地殻のちからを殺戮《さつりく》にしか使いえぬ
にんげんの皮をかぶった豚どもが
子供たちの絵物語りにだけのこって
火薬の一千万倍 一グラム一〇、〇〇〇、〇〇〇のエネルギーが
原子のなかから人民の腕に解き放たれ
じんみんのへいわのなかで
豊饒《ほうじょう》な科学のみのりが
たわわな葡萄《ぶどう》の房のように
露にぬれて
抱きとられる
朝を
ゆめみる
[#ここで字下げ終わり]
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  微笑

あのとき あなたは 微笑した
あの朝
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