いきりたつ。おはるはどうか今日のところは帰ってくれと口をすっぱくして云ったが作衛はさらに亭主に会うという。きょうは夜勤でおそいし、近所の口もうるさいから何とか帰ってくれとたのんだが帰らない。で、おはるは、じゃ明日必ず行くからとてやっとのことで一応納得させたというのであった。その時、作衛は近所へ配給物をとりに行ってて留守だった。どうして作衛に住所がわかったのかときくと私が教えましたという。
「何故云ったの。馬鹿だね、おまえは」
私は、ついぞ口にしたことのない言葉をはいた。黙ってうつむいているおはるをみると、気がいらいらして、しまいには、かなしくなって来た。そこへ作衛が元気よく帰って来たのである。
「奥様、うどんですよ。うどんの配給、まっくろですよ」
作衛は部屋に入って来た。私は黙っていた。おはるは依然としてうつむいたままである。
「おはる」
作衛は怒鳴った。その時にはもう私の手前も何もなかったのだ。皺だらけの額には、名誉や恥などどうでもよいという気持が十分表われていた。私は席をたった。そして庭であそんでいる行雄を隣りの家に遊びにやらせた。そして改めてすわり直した。作衛もそこにすわった。
「おはる」
今度は静かな声で作衛は云った。おはるはだまったまま何も云わない。私はおはるに返事をうながした。と急に喋りたてたのだ。
「奥様、私は申します。ええ申しますとも、このじいさんは一体幾つになるんでしょう。いやらしい、私を追いまわして、ええ、私は人妻なんですよ、ちゃんとした主人があるんですよ。そりゃ奥様、私は今までこのじいさんと何にもなかったとは申しません。ですが、それは済んだことなんです。それをいつまでもいつまでも根に持つなんて、全くいやらしいですよ。ねえ奥様、私はレッキとした人妻なんです。もうじいさんに来ないように誓わして下さい。来てもらったら困ります」
作衛は怒りにふるえて物も云えず唯おはるをにらみつけていた。私はおはるの言葉をきいてこの二人の立場をどう解決しようかと考えるまえに、おはるの生き方を羨んだ。済んだことは済んだことでさらりと水に流してしまって、そこには感傷も後悔も何にもない。私におはるの真似が出来るかしらと思った。作衛はやっと怒りをしずめて、それでもどもりながらおはると云い合いを始めた。それは露骨な、いやな言葉であった。おはるは作衛から私に云いよって来て
前へ
次へ
全11ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング