た。
 彼女は一人で学校の礼法室の片隅に自炊していた。私はその部屋で日が沈むまで寐ころびながら彼女と二人で話をした。職員室の間では、私と彼女の関係があまり目立ちすぎるというので私は主任から叱られ、彼女は校長から注意された。私は別に彼女を愛したのではない。しかし彼女は話題が豊富であり、話の仕方が上手かったし、その声にふれることはたのしいことであった。それに、私は人に甘えることを今まで知らなかった。家庭に於いても、常に礼儀や服従を守らなければならなかったし、母は一段と高いところの人であったのだ。だから私は彼女に時たま御馳走してもらったり――それは南瓜の御菓子だとか、重曹が後口にぐっと残る蒸しパンであった――髪の毛をくしけずってもらったりすることが大きな喜びであった。その頃、私の家は財産税などで、だんだん土地を手ばなしたり家財道具を売りはなしはじめたりしていた。そうして父は衰弱し神経をふるわせてばかりいたし、兄が胸を患いはじめたり、姉の婚期が近づいたりして、ごったがえしていた。一家だんらんなど言葉で知っていてもどんなものかわからなくなっていた。帰宅して食事を採り、黙って各々の部屋へ引揚げ、寐
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