の六日の空襲でその邸も焼けてしまった。
 丁度、兄が入隊した晩であった。制服に日の丸の旗を斜にかけ、深刻な顔付で敬礼して駅頭にたった兄へ、私は肉親への愛情のきずなを感じた。兄弟の中で一番兄と気があっていたから両親以上に慕っていた。その夜は、何もしないですぐに床の中に入っていたのだが、空襲警報がなるまで起き上らないでいた。殆どそのしらせと同時に飛行機や焼夷弾の音を耳にした。私はベッドからころがり落ち、まるい蚊帳に足を奪われながら、寐まきの上にもんぺを着て階下の大勢の人のところへはしって降りた。その間、何分か数えられぬ位のあわただしさであった。そしてすぐに家を出た。立派な日本館と西洋館とが鍵形になった邸ではあったが、愛着などあろう筈はなく弾が落ちない前にもう逃げはじめた。一行十六人の群は、川堤を行ったり来たりして弾の落ちて来るのをさけた。あたりのお邸はどんどん燃え出し、今捨てて来た家も共に見事に炎上し始めた。山の方へ行っても弾はふって来る、南の方から火の手が揚がる。うろうろしながら、森林のある焼け残った家へ避難した。一時間位、ここで死ななければならないのだと覚悟をきめて、庭石にすわっていた
前へ 次へ
全134ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング