怒号。ふと木の間よりみれば、生徒は整然と並んでこちらをみている。私は仕方なく詫びた。詫びることは簡単であった。教師は本を自ら拾い、その題字をみて更にぶるぶる怒った。
「こんな本をよんでいいと思うのか……」
 その本は彼の手に固く持たれ、返してくれなかった。私は、自分の場所へ戻って、生徒の人数を数え、報告した。
 工場も被害をうけた。鉄道も三本ともストップしてしまった。私は、四里の道のりを、線路づたいに歩いてかえった。
 翌日から工場は仕事がなかった。電気がつかないし、仕事の原料がもう他の工場から送ってこないのであった。それに、毎日空襲で山へ避難せねばならなかったから、殊更、何をしに工場へ通うのやらわからなかった。毎日、通勤の生徒の数が減って行った。丁度、その頃、学校の建物の大半も焼けてしまっていた。私達は交替で焼跡整理に学校へ行った。赤くなった壁や釘のささった焼板や、ガラスの溶けたのをよりわけてその後を畠にした。極度の肉体的な労働は、もうその頃には、さほど苦にはならなかったが、働くことが無駄であるような気がした。何故なら、もうみんな死ぬ日が近づいているのにと考えたからだ。
 六月の夜半
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