。もう誰も私を尊敬してくれず、取りまいてもくれなかった。試験をみせてくれる友達も居なくなった。
 しかし、私は規則をまもらないことや、嘘をつくことは、やめられなかった。そのため私は教場でたびたびたたされた。頭の上に、重い謄写版の鑢をのせられ、一時間中黒板の横にたったこともあった。しかし別に恥しいとは思わなかったし、たたされながら、他のことをかんがえていた。
 その頃の私のたしなみの一つに、物を誇張して人に伝えることがあった。学校で生じた些細なことを、引伸しくりひろげて家の人達に話す。父や母は面白く或いは悲しげにそれをきく。自分の出来事でも、それを非常に強調するのであった。遠足に行って冒険をした。岩崖をはい上った。階段から飛び降りそこねて脚を打った。近所の子供が蛇を私の首にまきつけた。運動場を十ぺんかけまわった。こんなことが夕食の時もち出されて賑やかにした。
 私達のクラスで一番よく出来る男の子が、或る日、岩波の本をよんでいた。その年頃には、みな大きな形の絵入りの大きな活字の本ばかりよんでいるのに、彼一人、父の書斎に並んでいる、内容がいかにもむつかしいような岩波文庫をよんでいたのに対して
前へ 次へ
全134ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング