ちんと枕許に置いて、
「もうじきクリスマスですよ、もうじきよくなりますよ」
 と、年とった医者のさしだす苦い薬をのまされた。ピンクのひらひらのついた洋服が、陰気な消毒くさい六畳の間にぶらさがっていたことをはっきり思い出す。そのピンクの年は、春まで寐ていたのだった。私の枕許には折紙でこしらえたくす玉が一ぱい天井からぶらさがっており、時折、その長い垂れさがった紙ひもが頬をなでた。私は又、寐ている間、看護婦の唄う流行歌を覚えた。母は、子供の前で絶対に歌ってならないと命じていたが、吸入器の掃除をしたり、枕許の整理をする時、自然にその白い上衣をきている彼女の口から、
「銀座の柳の下で……」
 がとび出すのだった。私は、すぐそれを覚えて、何かしら切ない気持にもなってみた。

 病気をしていない時は、相変らずの英雄生活がつづいた。支那事変や関西風水害が起った頃である。凡そ、自分以外のことには無関心であったから、その頃の子供達は兵隊さんや従軍看護婦に憧れはじめたものだが、私は一向に興味がなかった。日の丸の旗をかいて、停車場や波止場に送りに行ったこともあるが、戦争がきらいだということもなく、善悪の判断な
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