のにギイーッとなるたんすがあり、その中に紺地にうさぎの絵のついた御召があった。母は時折それを着た。たしか冬頃着ていたようだから――というのは、その上に黒い羽織をはおると兎が一匹みえなくなるのを悲しく思っていたからである――袷だったのだろうか、それを私は大へん好んでいた。そうして、「ボビが大人になったら、そのおめしものいただくのよ」
 と姉や乳母に度々宣言した。母も、約束してくれていた。ところがいつの間にか、その着物がなくなってしまった。母はそれを着ないのである。そっと、ギイーツとたんすをあけてみたけれど、中にはいっていない。或日、私は母にたずねてみた。
「あああの御召もの、あれは、カザリイン先生がアメリカへ帰られる時さしあげたの」
 母は何気なくそう云った。カザリイン先生は幼稚園の園長さんだった。私は青い目と、うぶ毛の密生した赤白い皮膚を、その時非常に嫌悪していた。で、自分の最愛の着物を、きらいな先生にあげてしまった母をうらめしく思い、又ここで、約束を破った大人を、心の底から憎んだのである。然し、この母は、私の綴り方や、ピアノの音を好んでくれた。そして、母を好きだと思う時が、全くないも
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