。ややして彼は私に気がついた。
「かえりか、会社終ったんか」
 横柄に問うた。私は笑ってうなずいた。
「ついてこい」
 彼は命じた。私は二三歩後を女中のような気持になって大人しく従った。露地を二つ三つまがって奥まった格子戸の家の前へ来た。彼は、さっさと靴をぬいで――決して紐をとくことをしなかった。――座敷の方へあがった。私は躊躇して玄関でたっていた。
「ふみ、ふみ居るか……」
 頭髪をきれいにアップにゆいあげた若い女中が、べたべたとお白粉をぬりたくった顔を廊下からひょいと出し、分家氏と私とに愛想のよい笑いを送った。
「酒、してくれ……あがれ」
 私と彼女に一度に彼は命令した。私はうすぐろくなったサンダルを隅っこの方にならべると女中の招じる部屋、つまり彼がどっかりあぐらをかいている六畳の青畳の上へ近よった。
「はいってこんか」
 私は真中の朱塗りの机の手前にちんまりすわった。
「煙草吸うんやろ、わかっとる」
 彼は、白いセロファンの下に、くっきり赤い丸のある煙草の箱をポケットから放り出した。私は一本つまんで口にくわえた。
「ふん」
 彼は、笑いとも溜息ともつかないものをはくと、わざわざ自
前へ 次へ
全134ページ中114ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング