緊張して気遣いで疲れることはなかった。それに叱られても、他の女の子達のように、めそめそ泣くことは出来なかった。上役からも下っ端からも私はかわいがってもらえた。すれていなくて、ハイハイと云って何でもする。私は別に心から、彼等を敬愛し、昔気質の旦那への忠実をもって働いたわけではなかったが、私の内面を見事にカヴァーしてしまうこと位、その時はなんなくやれたのである。
 会社がひけると、仲間の店員と、うどんやおでんを食べに行ったり、映画をみたりした。家へかえると、家族とあまり口ききもせずに寐てしまった。
 毎日、非常にたのしいのではなかったが、とにかく月給をもらうための生活は、一つのはりがないでもなかった。千五百円の初給であった。私はそれで、煙草代も、コーヒ代も、絵の本をかったり、芝居をみたりすることも十分に出来た。煙草は、小使いのおばさんのところでよく喫んだ。彼女も大の愛煙家であったから。秘書の老嬢に発見されたら、勿論説諭かクビであったろうけれど、幸い、それ程多く喫まないでいられたから無事であった。丸坊主にした若い男の子達は、よく私に煙草をたかりに来た。彼等はガリ版の猥らな本を私に貸してくれた
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