て前へならえをする時、私のところでいつもゆがんだ。まっすぐに並ぶことがどうしても厭なのである。たやすいことに違いないのだが、私は、先生になおされるまできちんと並ぶことをしなかった。教場では他所見をする。御遊戯は型にはまった廻転や歩みばかりで面白くない。御行儀が悪いとしかられる。そんなことが続いて私はすっかり疲れてしまったのである。私はそこで嘘をつけばいいのだということを思い出した。
「センセ、オテテガイタイノ」
 私は手を揚げるべき時にそう云った。先生は私の云い分をすぐに通してくれた。とにかく、私は名門の子供であり、学校の名誉でもあったのであろう。
 家へかえると勉強などしないで、絵本をみたり、相変らずお話をつくってきかせたりした。御稽古ごとはどんどん進んだ。然し、私はやはり型にはまった形をつくることをいやがりだした。私はレコードをかけて勝手に振つけをしたり、でたらめなメロディをつくってピアノの練習曲はおさらいしなかった。しかし、その我儘な振舞がかえってよかったのである。大人達は、私を天才的だと云った。私は、ますます調子にのって来た。そうして二年生に昇った頃、私は、恐しいことをするようになった。盗みである。充分に鉛筆やノートをあてがわれ、不自由するものは何一つなかったのに、私は盗むことに非常な快楽を発見した。私は、机を並べていた友達にそのことを訴え、忽ち仲間にしてしまった。私とその女の子は、毎日のように、文房具屋へ遊びにゆき、きれいな麦わらの箱や、小さな飾り花をとって来た。盗むということが悪いとは知らなかった。堂々とそれをみせびらかして英雄気取になっていた。小さい木の机の中には、たくさんの分取品がたまった。私はそれを級友にわけ与えて喜んだ。盗むことの喜びは、試験をカンニングすることまでに延長した。悪友の隣の女の子は、宿題をきちんとして来て、私のために毎朝みせてくれたし、試験の時、盗み見しても寛容な精神でいてくれた。その時分、私は数字に対して大へんな恐怖を持ち出した。カケ算やワリ算がはじまるようになったのである。数字が、キイキイと音をたてて黒板にならべられる。私はどうしてもわからない。何故こうなるのだろうか。不思議さで一ぱいで、それが恐しさにかわったのである。サンジュツの時間です。となると私の胸はひしゃがれてしまう。わからないことはきらいなのである。そうして私は数字を憎むまでになった。しかし、とにかく、不正行為だとは知らないで、堂々と行うカンニングのおかげで私は悪い点をとらずにいた。好きな学課は、つづり方や図画であった。つづり方の時間には必ずのように、私のものがみなの前で披露され、私は得意になっていた。それに、よみ方は、小さい時からの、オハナシしましょうのおかげで、決して棒よみをせず、独特の節をつけてよんだりすることが、先生に高く買われた。だから学芸会だの、おひな祭りなどには、講堂の舞台上で活躍をした。年に二回あるピアノの会や、踊りの会で、私は自然舞台度胸が出来ており、そのことが、だんだん大人に対する警戒心をほどいてくれ、それに、英雄気取りが、私に大した自信をつけてくれたのか、こわいものなしの児童であった。大勢の友達が私の家へ遊びに来た。子供部屋におさまることがきらいな私は、立入禁ずの客間へみんなを連れこんで、クッションを投げとばしたりソファの上をとびこえたりした。それから好きなあそび場は、押し入れの中であった。ナフタリンのにおいと、ほこりっぽいわたのにおいが、私を喜ばせた。戸をぴったりしめこんで、真くらな中で、女の子を裸にさせたこともある。やはり、マネキンを抱いて眠りたい夢のつづきであったわけなのだ。英雄の命令通りに、大人しい女の子は短いスカートをとりはずした。私は、その白い乳くさい臭《にお》いのする肌をさわって、感傷的にさえなった。

 私の母は、私が学校から帰っても家にいることは殆どなかった。母の会だとか、友の会だとか、そんな会にはいっていて、絶えず外の用事ばかりをしていた。弟が肺炎で、生死の間を彷徨している時でさえ、家に居なかったということを、大きくなって乳母から度々きかされたことがある。楽天的な性質らしく、それに、お針をしたり、台所で食事の用事をすることを好まないのか、ついぞそういう母の姿をみたことがなかった。
「お家へかえったら、お母様、唯今かえりました、と云うのです」
 先生がそう云った時、私は大へん物悲しい表情をして、
「ママはおうちに居ないの」
 と訴えたことがあった。しかし、その物悲しい表情というのは、あきらかにジェスチャーであり、母に対する思慕など、少しもなかった。かえって家に居ない方が、自由に遊ぶことが出来てよいのである。
 母をますます愛さなくなった原因がその頃又一つ起った。二階の御納戸に、あけしめする
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