そろよみはじめていたらしい。私には、そのからくりが、何のことだかさっぱりわからないでいた。
私は弟がもてるのをこころよく思わなかった。しかし口喧嘩をしても負ける。腕でいってもまかされる。私は余計に、ふさぎこんでしまっていたのである。
お正月。祖母一人住んでいる大きな御家に、私は従兄妹達と会ったりすることもいやであった。私は、広い庭の隅で、マネキンの絵ばかりかいて独りぽつねんとしていた。私は、自分がかなしくてたまらなかった。そして、何という不幸なかわいそうなものだろうと思っていた。いや、無理に悲劇を捏造しようとしていたのかも知れない。私は、屹度、ままっ子なんだ。私は次第にそういうひねくれた気持がかさんで行った。姉の少女小説を女中によんできかせてもらいながら、主人公が自分のような気さえして、涙一ぱいためてしまったこともあった。私は、自分を悲劇の中に生かし、自分のためにかなしんだのだけれど、決して自分以外のものには同情しないでいた。
トリチャン、ワンチャン、ウサギチャン
そんな動物が、子供のために飼育されていたけれど、私は、籠の四十雀にもカナリヤにも見むきもしなかった。
その頃、小児麻痺をして脚が跛《びっこ》だった姉に、日本舞踊を習わせるといいという人があり、母の趣味ではなかったが、大きな袂のある着物をきた姉は、毎週二度位程御師匠さんのところへ通っていた。私は乳母と共に度々お供をするうちに、自分も習いたくなって弟子入りするようになった。小学校へゆく前の年である。それからもう一つ、これは母の趣味でもって、やはり姉に少し遅れて、ピアノを習いはじめた。私には舞踊の方が興味があって、どんどん上達した。わけもわからない色恋物を、首をしなしなまわしたり、それと共に、自然に色っぽい目付をしてみせたりして踊った。(これは無意識にそうなっていたのであろうか、とにかく、当時の写真に焼付かれている私の目は、はなはだコケティッシュであるのだ)。お師匠さんはきびしく私に教えた。
「つるつるしゃん、つてしゃんりんしゃん、それお腰、やりなおし、そら御手」
腰を上手に折れば、五本の指がすきまだらけになり、目付を上手にすれば、口がぽかんとあく。
「下のお嬢さんは筋がおありなさる。きっと名取りにさせてみまっせ、ええおしなつくんなさる」
お師匠さんは、しかりつけながら私を可愛がってくれた。長唄の好きな乳母は、それを大層喜んだけれど、母はあまり嬉しそうではなかった。かむろ、藤娘、私は高い舞台ですぐに発表会に出演するようになった。
一方、ピアノは姉の方が好きであった。これは又、なめるようにやさしい先生が、あまり練習をしないのにさっさと弾いてゆく私を、
「ボビチャマは、素質がおありになるわ、ねえママ様、ボビチャマの音はとってもきれいですこと。本当にのばしておあげするわ、わたくしも張合がございますわ」
と又称讃した。この辺りから、私はひがみっ子ながら自信が出て来て、御稽古ごとで、大人の舌をまいてやろうと思うようになった。悲劇の捏造がしばらく停止したのはこの頃であろうか。おじけながらも、かえってそれが負けぬ気となり意地っぱりとなり傲慢さともなったのである。
金ボタンのついた白いケープを着て、私は小学校の門をくぐった。私の父もこの学校を出身しており、私は、兄妹につらなって、歓迎されるように入学したのであった。しかし、かなしいことが一つあった。年寄った看護婦さんが、
「お嬢さんは母乳ですか牛乳ですか」
と母に尋ねたらしい。とにかく、
「殆ど、牛乳でございますの」と母が云ったように覚えている。これが、ふたたび私のままっ子だということを裏付けしたように、そのとき、ひどく悲しく思ったことが、はっきり胸に残っている。そして、金ボタンをくるくるまわして、みっともないと叱られたこともその時だったらしい。
私は家庭に対して愛着がなかったから、小学校へゆくことがさして苦にもならなかった。大人達には親しめなかったけれど、同じ年輩の子供達にはすぐ仲良くなり、餓鬼大将ぎみであった。よみ方の読本は、はじめっから最後の頁まで、すらすらよむことが出来たし、簡単な数字のタシヒキは兄や姉の傍らで自然に覚えてしまっていたから、ちっとも勉強しないでも、いいお点を取ることが出来た。
人がわからないことが、自分にはわかる。これは幼い心に植えつけられた優越の喜びであった。けれども、私を押さえつける不愉快なものが一つあった。それは秩序ということであった。
第二章
二列に並んで、ハイ御挨拶。マワレ右。何度も何度もくりかえされる。私は背がひくかったので、前の方に並んでいた。朝、校庭で行われる朝会の時から、ランドセルを背負って校門を出る時間まで、今までの生活と違った窮屈さである。両手をあげ
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