自分をはきだすのではなく、自分を幾重にも誇張してみせるように思われた。私はそのことにがっかりした。そして、自分が礼讃したい女性は皆無であり、ついで自己嫌悪の状態が続いた。
宿命的な諦めをもって私は表面での女らしさを保持しようと何日か後に思い当った。私は、家庭の仕事にいそしんだ。体も次第に回復して来た。洗濯や料理のあけくれに、家族はますます私に安心した。
「矢張り女だね」
兄達はそう云った。私は唯笑っていた。早くあたり前の結婚をして、従順らしくし生活に追われて毎日を送る。そうなりたいと念った。いや、そうなるより他ないと思っていた。自分で自分を発揮するだけの自信を取り戻したにせよ、もう私にはそうすることに興味をもたなかった。
それから一年。それは、今までの目まぐるしい生活にひきかえ、静かな淡々としたものであった。私は、お花を活けてみたり、陶器をならべて幾時間もその肌をみつめていたり、時には夕ぐれの山手街を散歩したりした。
諦めが私をそうさせた。激しい奔放な性格がけずりとられてゆくのと比例して、大きな喜びもなかった。原始的なものへの郷愁が私を慰めた。私は自分を技巧してみることもしなかったし、神経をいらだたせることもなかった。
孤独な生活であった。しかし孤独のさみしさが、私には苦しみでなくなっていた。かえってそのさみしさが一種のメランコリイの幸福感でもあった。若白髪が急にふえたのもその頃である。
はきすてたい自分、憎悪する自分。それがこうまで無反応になってしまえば、仕方がないで済ますことが出来るのだと苦笑もした。
その間、家の生活状態は次第に売るものもつきて来、全くの収入のない心細さと、昔の生活に対する執着などが交錯して、父は年よりも十も老いこけてしまい、毎夜の食事に交わす言葉も荒れて来た。父には父の虚栄があった。子供には子供の虚栄があった。それは全く逆の位置の虚栄であった。
何か為さねばならない。商売したっていい。
子供達はそう思う。お金を得れば自分達の小さな贅沢がみたされる。父は反対した。人にぺこぺこ頭をさげることはどうしても出来ない。それに困っている様子を世間にみせれば銀行の信用も失ってしまう。この提議は子供達に不可解である。そんな理由は父の独断的な解釈であり、やはり父なりの切りかえの出来ない古い頭の虚栄が何も出来させないのだと思う。衝突が度々起った。然し絶対的な権利は父にあった。焼けのこった倉庫にある品物はこっそり持出された。決して売ったのだとは云わない。運ばれて行ったのだ、と父は云う。そうこうするうちに、住んでいる家も売る状態になり、同じ市中の親類と同居するようになった。
「どうも戦後移った家は不便でしてね、それに同居の方が何かと都合いいし、ここは又、街へ出るにも歩いてゆけて……」
父の人への挨拶はきいていて苦笑せざるを得なかった。
売るものはつきた。もうこれも売ってしまったのだから。品数が減ってゆく度に、そう云いながら、三度の食事はあたり前にとれる状態を保持することは出来ていた。
戦時中と戦争後の数カ月を共にした父の妹の家族と、それに祖母をまじえた生活がはじまった。私の精神と同じように、終止符をうってしまった家族の生活であった。
もう一カ月後はわからない。本当にどうなっているかわからない。目の前の庭の部分も人手にわたっていたし、唯一の家宝であった掛軸も御出馬なさった。しかし、各自に各自の焦燥を抱いている筈であるのに、それは行動には現われないで表面は至極静かになっていた。父と子供達の意見のはき合いは駄弁にすぎないことに気付いたからである。
こうした日常。こうした自己。二つとも未来はなかった。自分がどうなるであろうか、それを考えることは強いてしなかった。
時代はどんどんかわってゆく。然し、私は停滞した感情と思考と日常をおくっている。これは私の懶惰であろうか。
エピローグ
気取ったポーズはしばらく動かないでいたのだが、そのポーズがいくら楽な姿勢であったとしてもいつのまにか又、そこに疲れと窮屈さを見出してしまうものだ。梅雨あけの日光のようにふたたび私は動き出していた。ぎらぎらひかる。早いテンポでまわり出す。二十歳まで。それから二十歳まで私は高くすっきり舞い上ったり、醜悪な寝ころびざまや、急カーヴに堕落したり、又はい上ったりをくりかえした。しかし私はそれを克明に記憶していない。いや記憶していたところで私の現在に近くなればなるほど逆にその私が逃げ出して行く気配をみせる。私はあわててそいつをつかまえようとして力一ぱい手をのばしてふれるのだが、それはくらげのようにつるりと私の手からぬけ出てしまう。
私の試みは失敗に終った。発作的に起った私のふりむきざまは後少しというところで今の私にぴったり
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