結合することが出来なかった。
 つまり私は死なないでいる。鮮明に今の私に過去の私が連絡したならば、私は容易に死ぬことが可能であるように解釈していたのだ。運命的な死期が近よって来て、いきなり又急回転して遠ざかってしまったのに違いない。勝手な解釈かもしれない。然し私は一つの失望と一つの安堵を感じた。
 私は昨日の私をつかむことが出来ないでいる。昨日の私のポーズの裏付けるものを知ることが出来ないでいる。しかし、私が又何年か生をうけて、その時の自分が現在或いは現在に到達する少し前の自分からかなりの距離が生じた時に、ふたたび私は灰色の記憶をつづけることが出来るであろう。
 結末のないお芝居の幕が降りようとした。その幕が降りきらないうちに観客はあくびをして立ち上った。幕は中途半端なところで中ぶらりんに垂れていた。
[#地から1字上げ]〈昭和二十五年〉



底本:「久坂葉子作品集 女」六興出版
   1978(昭和53)年12月31日初版発行
   1981(昭和56)年6月30日6刷発行
入力:kompass
校正:松永正敏
2005年5月27日作成
2005年10月18日修正
青空文庫作成ファイル:
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