の事件を持出しました。私はそんなことどころじゃなかったのです。冷酷なんだ。彼は私に云いました。ええそうよ。私自分自身、嫌な思いを我慢するのは出来ない、ってこたえました。私は実際、男に同情など持っていませんでした。今考えてもそうなんです。卑屈なのはとてもきらい。彼は、とても巡査に同情していました。そして世の中ってあんなものだ。俺達の世界でも、そうなのだと云うのです。ああ私は、卑屈に生きることを認めていることに対して、少し憤りました。でも黙っていたのです。彼は、話をかえて帰りたくないなど、度々云うものじゃない。云うな、と怒号しました。喫茶店は満員です。大勢の人がこちらをみていました。でも私は別に彼の態度に干渉しませんでした。とにかく、やたらになさけなかったのです。くしゃんとなっていたのです。だからもう云いませんと申しました。彼は、私をひっぱるようにして、私の乗場のところ迄、ひきつれました。そして、改札口へ私がはいる時、又大きな声で云いました。
「今、俺とキスしよう。ようしないだろう」
そして、せせら笑いを残して帰ってゆきました。私は、その時ふと緑の島のことを思い浮べてしまいました。緑の島
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