する愛着はまったくないのです。しかし、引換の金額はあまりにも少い。黒部迄ゆく旅費と、若し汽車の都合で、待ったりして、その滞在費がいるわけです。私は、神戸新聞に、原稿料をもらっていないことに気附きました。で、いつもゆくレコード屋へ行って、電話をかけ、とりにゆくことをあらかじめ通知しました。さて、そのレコード屋で、その主人に会った時、彼は、私の昔の恋人です。それは、小母様、知ってらしたわね。ミローの歌曲をかわないかとすすめられました。度々そこできいていて、私、買うと云っていたものです。私は、青白き大佐にあげてもよいと思いました。そして、がんじょうに一枚のレコードをつつんでもらい、三百円とわずか、はらいました。ところへ、面白い酒場の主人がふらりとやって来て、一しょにコーヒーをのみにゆくことにしたのです。十分間ばかり絵の話など致しました。偶然そんななつかしい人と出くわすのは、たのしい気持でした。彼と別れてから、市電にのり、新聞社へゆく迄に、小さいふるぼけた宝石屋へ寄りました。今度こそ手ばなしてしまえと思ったのです。私は四千円で、指輪をうるといいました。その店では、真珠は駄目だったのです。主人は、たん念にしらべます。私は、時間がないから早くとせかせました。主人は買うと云いました。十五分もかかってからでしょうか。私はほっとしました。ところが、私のいでたちがあんまりみすぼらしく、指輪は価値のあるものでしたから、主人は私に疑いを抱いたのです。御職業、御名前、身分証明書、通帳。もう私は、すっかり嫌になって、出ちまいました。無性に腹がたってなりません。そして、いそぎ足で、神戸新聞社へゆき、八百円をうけとり、少し雑談などして、次に、郵便局へゆきました。ところが、そこでも又、身分証明書と云われたのです。私の定期入れには、名刺は、久坂のが一枚あったきり。印鑑ももってませんし、小為替は、本名宛なのです。私はすごすご(いえ大分ねばったのですが、ほつれた髪の毛のおばはんに、高飛車にことわられ)出て、次の郵便局へゆきました。駅です。そこは、小為替受附けてくれず、もう一軒近くのところへゆきましたが駄目。その近所に、私の友人がいましたから、持参人払になってますので、彼に行ってもらおうと思い、彼をたずねましたら留守。最後に、中央郵便局へゆきました。そこで私は又何度も懇願し、いろいろ説明――つまりその千円は
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