った。

 その日の夜、仁科六郎と阿難は、ウィスキーを飲みながら、いつもになくおしゃべりをはじめた。
「阿難は、ピアノを弾く時、直覚が大事だと思うのよ。直覚は直感とちがうの、ある程度理解の上でなければ感じることの出来ないものよ。阿難は、今迄、随分自分の感覚にたよりすぎていたのよ。感覚には自信もてるのよ。でも感覚だけで物事を判断することは危険だと知ったわ。阿灘が若し、昔のままで、感覚的に物事を処理してゆくとしたら、あなたとの恋愛は永続出来ないでしょう。阿難はあなたを直覚出来たから、幸福をつかめたのよ。時折、そりゃさみしいと思うわ。でも阿難は、あなたを知って、あなたと共に、こうして居られることが。阿難は言葉で云えないわ、阿難は作曲してみるわね」
「阿難、有難う、僕は嬉しい」
 仁科六郎は、阿難の言葉がまだ終らないうちに、力強く云った。
「阿難、僕こそ幸せだ。僕達のことは、おそらく僕達しかわからたい世界かもしれない。僕達の間だけに存在する世界なんだ。お互に、この世界を大事にしようね」
 阿難は大きくうなずいた。彼女は一つの問題を仁科六郎に呈しようとした。ところが、それが南原杉子の働きのように
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