ら,自己荷責もなかった。阿難は酔っていた。仁科六郎も、妻のある自分を忘れていた。阿難に済まないと思ったのは、過去の真実であるにすぎなかった。
阿難は、みちがえるようにいきいきとしはじめた。仁科六郎も又、健康を取り戻してから、そして、阿難との愛の交流をはっきり自覚してから歓喜の日常を送りはじめた。彼は、もはや妻たか子との夫婦生活にも苦悩がなくなっていた。阿難を常に思い浮べながら、たか子と相対することに抵抗を感じなくなっていた。南原杉子は、蓬莱建介とも時々会った。そして、享楽の夜を共にしながら、その時は、阿難を抹殺させることが出来た。つまり、南原杉子と、蓬莱建介との関係によって、阿難は仁科六郎との恋愛を絶対的なものと信じることが出来たからなのだ。
蓬莱建介は、南原杉子への愛を認めた。然し、認めながら彼は、蓬莱氏を念頭においていた。そして時折、女給やダンサーの類とちがって、話をして面白い取得、妻和子にない新鮮さ、若さを、南原杉子に感じて、いい女に出会ったものだと心でつぶやいた。彼の愛とは、肉慾の中に存在するものである。そして、南原杉子を強いて解剖する必要はないと思っていた。不気味な女だけ
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