て、たか子の顔をみた。
「ね、幸せそうでしょう」
 仁科六郎は、その言葉を率直にうけとることが出来なかった。
「気の毒だと思っているよ。仕事が仕事で、帰りはおそいし、酒はのむし、月給はすくないしね」
 彼は、そしてたか子の顔から視線をはずした。
「そんなこと。私は大事よ、あなたが」
 仁科六郎は、甘える気持でたか子の手をつねった。
「腹がへったから、何か食べさせて」
 たか子が台所へたった後、仁科六郎は阿難のことを又考えはじめていた。一分もしたろうか、彼は、両手をくみあわせて、自分の内部に発見されたことに驚いた。
 ――ゆるしてくれ、と僕は阿難に云っているのだ。たか子へ愛情がないとは云え、夫婦生活をおくっているのだ。それを僕は阿難にすまないと思っている。たか子に、ゆるしてくれとは思っていない――

 南原杉子は受話器を降した。仁科六郎はまだ休んでいる。会社の机の前の椅子にこしかけて、煙草を吸いながら、彼女の表面に現れた阿難を煙でかくそうとした。その時、別の卓上の電話が鳴った
「南原さん、御電話です」
 彼女は、紙片と鉛筆をもって、その電話にちかづく。
「もしもし、南原でございます」

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