ということは、平常から体が弱っていたのだと、たか子は解釈していた。彼女は夫を疑わなかった。夫婦関係の間隔がいつのまにかひろくなっていたのだ。
「今、何時だろう」
「二時すぎよ」
仁科六郎は又目を閉じた。
「あなた、うわごと云ってらしたわよ」
「なんて」
「よくわからなかったけど御仕事のことでしょう。私、会社へ今朝電話しておきました」
「そうか」
仁科六郎の瞳の裏に阿難が浮んでいる。夢で、ドビュッシーをきいていたのだ――阿難がピアノを弾いている。その背後に自分がたっている。突然、彼女が弾く手をやすめた。ところがピアノは鳴りつづけている。ふしぎでしょう、と彼女が笑う。そして、ピアノの傍からどこかへ逃げ出そうとする。自分が追いかけようとする。突然、彼女が両手で顔を掩い泣きはじめた。近寄ると、私を苦しめないでと云う。――
仁科六郎は、阿難が泣いている姿を、現実にみたことがないのに、夢でみたことに何か不安を感じた。
「ねえ、どっちだと思う。男の子かしら女の子かしら」
「どっちがいい」
「女の子がほしいの」
「何故」
「私が、女にうまれてよかったと思うから」
仁科六郎は、はっきり目をひらい
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